2012年1月16日 (月)

ねこばばチャリティグッズと1km-10円募金

昨日やまねこ亭で購入した、ねこばばオリジナルチャリティグッズの、定期入れと社員証。
裏には猫の浮き彫り?が付いていて、なかなかおしゃれです。
この代金のうち一部を、震災復興チャリティ募金に当てられています。
またチームねこばばさんは時々被災地に出かけて行って、いろいろ体を動かしてお手伝いしているとのこと。
まったく頭がさがります。

さて久々1km-10円募金のお話。
ちょうど自転車を購入した頃、今まで使っていたポラールのサイクルコンピュータが壊れてしまい、走行距離が判らなくなってしまいました。
ということで、新しい自転車とともに購入したのが、このCAT EYEのCC-TR-300TW。
心拍計付きで、wiggleからの購入で13000円くらいと、格安。
前のポラールが40000円以上したから、この価格でこの機能は凄い。
で大満足・・・のはずですが、ちょっと待てよ。
機能は充分なんですが、いかんせん文字は小さく見難いわ、ボタンは堅くて押しにくいわで、うーん、どうなんだろうねえ。
価格.COMでもあまりいい評価ではないよう。
小さくするのにこだわったようだけど、なんでこんなに使い難い製品なの?って感じ。
「財団法人大阪デザインセンター選定グッドデザイン商品」ってあるけど、選ぶほうもどうなのよ。
まあとにかく価格が安くて小さいので、あまり文句も言えないけど、お金に余裕があるんなら、他の商品をがお勧めかなあ。
あ、一応信頼性はポラールなんかよりありそう。

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話が脱線。
で新しい自転車を購入してから、やっと1000kmを超えました。
(実は練習用の古いほうも、ぼちぼち1000km近く行くけど、こちらはローラーも使ってるし・・・)
今回は1000km分を、あしなが育英基金に。
昨年のジャパンカップの時、宇都宮駅で募金した時手渡された振込用紙を使いました。
うちの娘も3人、中学・高校で学費の負担をひしひしと感じているからね。
来年はいよいよ大学受験、長女は志望は芸術系。
正直、奨学金もらいたいのはこちらなんだが(T_T)。
今年も1km-10円募金、細々と続けて行きます。

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2011年8月 3日 (水)

やっちまったぜ、安愚楽牧場

つ、ついに安愚楽牧場が倒産状態になってしまいました。
嫁さんが安愚楽牧場に投資した、300万円がほぼ絶望的ヾ(.;.;゚Д゚)ノ。
こんな紙が我が家にも配達されてきました
安愚楽牧場の経営に、まったく問題なかったわけではないと思いますが
東電の原発がとどめを刺したことは、間違いありません。
安愚楽牧場も、なんやかんやと言われていますが
ここ10年以上、きっちりと配当は受けていましたし、少なくとも
契約者には誠意的な態度でした。
株と同じで、投資は自己責任とは思いますが、やはり東電の放射能漏れは
絶対許せない\(*`∧´)/

直接被災された方々と比較するべくもありませんが
我が家もこれで痛みを伴った、被害者になったようです。
これから連鎖倒産や被害はじわじわと広がっていくんでしょうね。
実家は浜岡原発の隣町なので、極端な反対意見は控えていたのですが
やはりもう無理。
いまだに原発を擁護する(たいていは素人のくせに黙ってろ的な態度の人)
御用学者や経済評論家、大口スポンサーには何も言えないメディアの態度が
頭にきますね。
もともと事故が起きないなんてことはないと思ってましたが
そのあとも何も手を出せずに、何の対処もできない、制御不可能な状態で
原発は安全だ、安いエネルギーで必要不可欠だと言っている意味がわかりません。
これって、完全経済原理を無視してるんじゃない?
擁護してる人たち個人の懐具合の経済原理なら、充分満たしてるのか・・・。


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2011年7月21日 (木)

震災から2000km

震災直後、1km=10円募金を表明してから、先日ロードバイクでの走行距離が2000kmを超えました。
2000kmというと、鹿児島から札幌あたりまで走れるなかなかの距離です。
前回の募金からすると、ちょっと差額が大きいですが、きりがいいということで1000km分を、歌津MTB Dream Project に寄付致しました。

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やはり自転車乗りということで、自転車で子供たちを元気づけるプロジェクトが、一番しっくりきます。
以前お会いしたチームねこばばの皆さんも、募金活動しているとのことですしね。
できれば今年、歌津など三陸海岸を一度訪れたいと思います。

最近暑くてなかなか距離が伸びませんが、震災からの復興を願い、がんばって走り夏を乗り越えたいと思います。

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2011年5月 1日 (日)

宮城県七ヶ浜あたり

弟に少し用事があったので、GWを利用して宮城県七ヶ浜にある弟宅を訪問。
でもせっかくなので、家を訪問する前に、ミニベロであたりをぐるっと一回り。

まずは歴史の教科書にも良く出てくる、多賀城あたりを出発。
このあたりは、穏やかに起伏する丘陵地帯で、春の里山風景が広がるのどかなところ。
自転車で走ると、とても気持ちがいい。

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そこから、仙台塩釜港がある海岸線へと向かう。
この辺は全然地震の被害らしきものは見られないのだが、市民公園に突如現れる大量のがれきの山が、被災地域であることを物語っている。

砂押川を渡り、ジャスコやソニー仙台テクノロジーセンターのあたりに来ると、風景は一変する。
3月末に来た時R45沿いにあった大量のがれきや、破壊された自動車は撤去されたが、道以外の壊れた商店や事務所には、いまだ手つかずのがれきや車が散乱していた。
乾燥したヘドロで、あたりはほこりっぽく、どぶ臭い。
震災以降、この辺りは多くの泥棒が入り込み、商品や金品をあさっているとのこと。
銀行に勤めている弟の嫁さんによると、怪しげな人たちがぐちゃぐちゃになった大量のお札を両替しに来るとか。
最初のころは被災者と思って、両替に応じていたが、今は身元不明な人には応じていない。
正直、そんないい人たちばかりではないってことで、暴動や略奪に発展しないだけましだということか。

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七ヶ浜町に入り、菖蒲田浜に入ると、愕然とする風景が広がっていた。
七ヶ浜は、20-40m程度の丘陵地帯が宅地となっているので、海抜の高い地域はまったく被害が無いように見えるが、海沿いの低い地帯は壊滅的。
3週間前に行った岩沼市や亘理町は、横の移動で数百メートルの差で被害が全然違っていたが、こちらは本当に数メートルの差で、運命を分けている。
被害のない高級住宅街のすぐ下は、壊滅的な被害という、なんとも不思議な光景がいたるところに広がっていた。

当初は半島をぐるっと回るつもりだったけど、被災の状況から気持ちが萎え、松島湾が見える北側を経由して、自転車で引き返した。

自転車のあと、弟宅を訪問して、一夜を過ごした。
地震の事や最近の生活の事など、とりとめない話を、お酒を飲みながらした翌日は、弟の案内で七ヶ浜長をぐるっと一回り。
さすがに地元民、被災の様子や避難生活などを解説しながら案内してもらった。

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町内最高峰の多聞山からの眺めは美しく、あたりは里山ののどかな風景が広がっている。
しかし、その山を下り、花渕浜に行くと、漁船が民家に乗り上げている。
この辺の被害も本当にひどい。

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避難場所での生活はかなり向上したとのことですが、被災地はほとんど手つかずで、復興までの道のりは遠い。
これを見ると、正直できることは多くはないが、美しい七ヶ浜町、ぜひ復興して美しいもとの町に戻ってほしいと願わずにはいられない。

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まだ自衛隊による被災者の捜索は続いており、行方不明者も10人以上いるようです。
隊員の皆さま、ご苦労様です。

一時期(今でも)ポポポポーンという大量に流されるこのCM。
巷ではかなり不評のようですが、弟夫婦の談によると避難所にいたときはかなり癒されたそうです。
避難所でもこのCMのおかげか、知らない者同士お互いに挨拶をしてなごんだとのことでした。
なるほど~とこのCMをかなり見直したのでした。

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2011年4月13日 (水)

震災ボランティアメモ

今後ボランティアをしようと思われる方へ

宮城県災害ボランティアセンター

県外のボランティアを受け付けているところは、案外少ないです。
宮城県では、以下のボランティアセンター
・石巻市災害ボランティアセンター
・岩沼市災害ボランティアセンター
・気仙沼市災害ボランティアセンター
・亘理町災害ボランティアセンター

ボランティアの受け付けは先着順のようでした。
個人で行く場合、事前連絡は要らないようです。
グループで行く場合は、事前連絡しておくと、優先的に作業を割り当ててくれました。

雨の日は、実質的に作業中止のようです。
まったく作業が無いわけではありません。

服装はこんな感じで
上下雨合羽だと、汚れが気になりません。
釘の踏みぬき事故が多いので、長靴の中敷きは、釘を通さない物にすると安心です。
ヘルメットまでは、いらないと思います。
作業着は、ワークマンで格安ウェアを購入できるとのこと。
角スコップ(先がとがっていない、四角なスコップ)が持参できると役立ちます。

県外者を受け入れる場所では、ガソリン、食事の心配はいりません。
作業現場までは、車で送迎してくれるようです(私たちは乗ってきた車で移動)
軽トラなどの荷台がある車が、重宝されます。

決して楽しい作業ではありませんが、それ以上に貴重な体験ができます。
そして自分にとっても、災害とは何か、地震のときにはどうしたらいいかなど
普段では決して得ることができない、貴重な教訓や情報を得ることができました。
また被災した方々の強さや優しさ、ボランティアセンターで尽力する若者など
日本ってまんざらでもないと、嬉しくなる体験もあります。

一部流布している、「ボランティアなんて邪魔になるだけ」などということは
決してありませんので、ぜひボランティアの参加してみてください。

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2011年4月10日 (日)

東日本大震災ボランティア(岩沼市・亘理町)

会社のことは一度もブログに書いたことがないのだけれど、今回は会社の有志による震災被災地ボランティア活動に参加してきた。

4/9(土曜日)午前0時に品川にあるオフィスから、レンタカー2台(エルグランド)に分乗し、女性一人を含む総勢13人で仙台市の南にある岩沼市に向かった。
深夜の東北道は車も少なく、順調に距離をかせぎ、5時には国見PAに到着。
ただし高速道路の路面は地震によりかなり荒れており、ときおり車が飛び跳ねる。
ガソリンが心配だったので、早目に給油したが緊急車両以外2000円までとのこと。
二回並んで、4000円分給油したが、何のことはない白石ICで高速道路を降りたら、普通にガソリンスタンドは営業しており、並ぶこともガソリン制限もなかった。
ごく限られた場所を除き、ガソリン不足は完全に解消されたようです。

国見PAで仮眠をとり、AM8時頃岩沼市災害ボランティアセンターに到着。
いつも大勢のボランティア希望の人が待機しているというが、本日は雨のため人影もまばらだ。
何でも雨の日は作業もはかどらず怪我の危険も高いので、基本的に野外でのボランティア活動は行わないとのこと。
ただ私たちは事前にグループとして申し込んでおいたので、作業を特別割り当ててもらった。
今回の装備、服装は、こんな格好でした
特に釘の踏みぬきなどの事故が多く、充分注意しないと危ないとのこと。
今回使用した長靴は、安全靴仕様と、踏みぬき防止用インナーソール付きです。

現地の作業車に先導されて、今日の作業現場へと向かう。
ここまで、多少屋根が壊れている民家を見かけるくらいで、深刻な被災地のとは程遠い普通の日常にしか見えない。
しかしそれも運命を分けた、仙台東部道路をくぐると風景が一変する。
写真は作業現場の蒲崎公会堂付近だが、この辺りは2m程の水に浸かった跡が壁に残る。
家々はほとんど半壊以上で、車はぐちゃぐちゃに壊れ、がれきの山が延々と続く。
作業は、公会堂内部の泥出し。
床一面に積もった10cm程の厚さの泥を、現地の人も含め総勢25人ほどでかき出し、野外に捨てるもの。
最初はなかなか大変な作業だと思ったが、そこは25人ほどで一斉に泥出しを行ったので一時間半ほどで完了。
あんなに泥で一杯だった床からきれいに泥が取り除かれると、気持ちいい。
泥出しも、人数がそろえば案外楽?・・・と思ったのは勘違いだと翌日思い知らされる。

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これで午前の部の作業は終了で、一旦ボランティアセンターに戻る。
しかし雨のため今日の仕事はなさそうということで、隣町の亘理町ボランティアセンターに向かう。
ここはまだ水道も使えず、被災地最前線といった雰囲気を強く感じた。
こちらでも雨ということで作業依頼は少ないが、民家の屋根から落ちた瓦の片づけという作業を行うことができた。
民家に行き落ちた瓦を、不燃物廃棄所に運んだのだが、その家の隣の家では、そのような作業をボランティアセンターに依頼できるということを知らなかった。
ならばうちもということで、隣家の瓦の片付けも行った。
作業は13人で行えば、すぐに終わる軽いもの。
作業を終えると、ご家族から津波の状況など、生々しい被災体験を伺った。
恐怖体験を語りときおり涙ぐみながらも、あっけらかんとしたたくましさを見ると、なぜだかこちらが元気をもらった。

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一日目の作業はこれで終わり。
少々物足りないものだったが、雨では仕方ない。
雨は原則的野外ボランティア活動は行わないので、これから行く人は注意してください。

その夜は秋保(あきう)温泉華乃湯に泊る。
温泉に泊ってボランティア活動とは、なんともぬるい感じがするが、かなり体も汚れるし、まだ満足にお風呂に入れない場所があるので、とてもありがたい。
ただサービスは通常どうりとはいかず、そのためボランティア活動者向きの簡素なパック料金で今回は宿泊した。

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翌日の日曜日は、打って変わっていい天気。
岩沼市のボランティアセンターも、今日はボランティア希望の人たちで、ごった返しています。

今日の作業現場は一般の家庭で、すでに別のボランティアの方が半分ほど作業を行っている作業の継続。
ここは、ボランティアセンターから3kmほどしか離れていないけど、水が1m以上浸水した場所。
昨日は生活感がない公会堂だったから、作業が楽だったが、今日は生活感たっぷりの物があふれている作業場で精神的にもかなり厳しい。
水に浸かった物を運び出すのが、想像以上に大変だ。
特に水をたっぷり含んだ畳が最も苦労した。

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岩沼市のボランティアは、午前午後それぞれ作業は2時間と決まっており、それぐらいの配分がちょうどいいと思う。
今回は自分たちの車で移動したが、通常は現場までの送迎もやってくれる。

約2時間の作業で、おおむね一軒の家の片づけはできた。
といっても、物を野外に出して泥をかき出しただけで、外に出した物や泥をかたずける作業が残り、さらに住める状態に戻すには、気が遠くなるような作業が必要だが。

一泊二日、実質作業時間1.5日の短期ボランティア活動はこれでひとまず終了。
来たときと同じように、2台の車に分乗し、一路品川のオフィスを目指す。
若干車は多いながらも、まずまず順調に走り、PM7:00にオフィスに到着。

実際被災地でボランティア活動を行い、いろいろ考えさせられた2日間でした。
そして復興までの長い長い道のり、私に何ができるのだろう?
とりあえずGWには、時間を作ってまた来たいと思います。

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2011年4月 6日 (水)

「1km=10円」募金

Cyari

震災直後、衝動的にネット募金をしたけれど、その後は1度地元の駅でしたかぎり。
この震災の復興は、そうとう長期化しそうで、募金も長期にわたって必要だと思う。
しかし、ネットで募金を呼び掛ける団体は、結局日本赤十字などの口座に、お金を振り込んでくれと書いてあるばかり。
これでは、呼びかけた団体をとおして、募金をする意味というかモチベーションは、急激にしぼむ。
募金を呼びかけた団体の、ステッカーなりグッズなりをもらえれば、もっと意欲もわくと思うのだが。

そういったことをぼんやり考えていると、twitter では #hope4japan というタグ付きで募金コメントを付けられるようになっている。
これなら、多少モチベーション持続するかな・・・。
タイミングとしては、BLOGに記事をアップするとか・・・。
などと考えたら、自転車で走った距離に換算して、募金すればいいとひらめいた。
「1km=10円」くらいが妥当かなと考えていたら、似たような事は、既に考えられているようで、このサイトで呼びかけをしていた。
でもあっちはランニングだけど、こちらは自転車だからもっと走行距離を稼げる・・・・はず?

震災直後は、自転車に乗ること自体、気が進まなかったが、これなら大手をふって自転車で走れるってもんだ。
いっぱい走って、心も体も元気になって、震災の復興に役立てれば、言うことない。
ほんとのところ、こんな事をBLOGで宣言するような事じゃないけど、何もしないと続ける自信がちょっとないもので (=´Д`=)ゞ
1年をめどに実践してみます。
イラストは自由に転載してね (^-^;

とりあえず先週走行分120km=1200円募金しました。
「1km=10円」募金運動ということなので、拡散希望で広げてみませんか。

先週の走行距離 120km
総合走行距離 17419km
募金合計 1200円

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2011年3月28日 (月)

地震の時はワンセグを見よ

ブログネタ: 地震のとき、一番の情報源はどこ?参加数拍手

nifty のBLOGネタで初めて書きます。
普段ワンセグなんか小馬鹿にしてみないんですけど、東京のオフィスで地震のあと、即座にワンセグでTVを見ました。
すると地震の情報のあと、津波のリアルタイム映像にビックリ。
この地震の尋常でない規模に戦慄しました。

今回改めて地震の後、即座に状況確認の必要性を実感。
昨日仙台に行ってきたのですが、津波で亡くなった方の中にも、即座にワンセグで状況判断できれば、避難することも可能な人がいたのではないかと思います。
仙台の海岸よりの平野部では、何も知らないまま津波に呑み込まれた方が大勢いたのではないかと思います。

携帯からのネット情報も重要ですが初動避難では、探す時間がかかり過ぎて間に合いません。文字の情報はやはりリアルタイム映像にかないません。

しか~し、自宅がある埼玉(鴻巣市)では、ワンセグが映りません。
早く見れるようにしてくれ!
また子供の携帯もどうかと思いましたが、やはりもしものときには重要な通信手段。
小学校への持ち込みもやむなしと思うようになりました。

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今私にできること2(東日本大震災)

被災地2日目。
ガソリンに余裕があるので、皆で温泉に行こう!
選んだ先は天童温泉
何でも天童温泉は、被災者にいろいろ世話をしてくれるらしい。
そのほかこんなサイトで有志の方がお風呂の状況を調べてくれています。

久しぶりの外出で、弟の家族はハイテンション。
愛車のAlfaRomeoも姪っこ達には好評で、それは私としても嬉しい限り。
外車でちょっとスペシャルな小旅行をプレゼント・・・てか。
開通したばかりの仙台北部道路から、東北道へ抜ける。
しかし天空にかかる橋のようなこの道路が、何も被害がないのに驚嘆する。
東北道にしたって、たった2週間で復旧させてしまった。
ここまで高規格道路を作る必要があるのか、ずっと否定的な意見だったが、この地震ですっかり肯定派に考えを変えてしまった。
建物だって、壊れたのはほとんど津波による被害であり、地震そのものの被害は驚くほど少ない。
さすが土建王国日本、恐るべし技術力と律儀さ。
他の国では、こういうわけにはいかないだろう。

30分も走れば菅生PAである。
ガソリン待ちの行列が凄い。おそらく3時間待ち以上か?
その行列を避けて、売店に入るのだが、そこではごく普通に食料が売っていたことに、弟家族はビックリしたようだ。
ガソリン不足で閉じ込められていた家族には、こんなすぐそばに普通の生活があることがショックだったらしい。
TVでは伝えられない情報が、いかに重要な事か。
近所の情報源は、もっぱらリアルな口コミだったようで、インターネットが使えるにも関わらず、あまり有効には使われていなかったようだ。

2時間弱で山形の天童温泉に到着。
この辺もガソリンスタンドは長蛇の列だが、それ以外は普通の暮らしがある。
せっかくだから、ちょっと高めの1000円で入れる、天童ホテルのお風呂を選んだ。
湯船はちょっと狭い露天風呂と、広い内湯の二つ。
価格ほど豪華ではなかったが、2週間ぶりのお風呂に弟家族は大満足だったようだ。
「やっと人間にかえれた~」といった感じ。
日本人が日本人んであるためには、やはり風呂に入って体を清潔に保つことが欠かせない。
これでこそ理性が保てるってもの、理性を失ったら日本でも暴動が起きると思う。

お腹がすいたので、ビックリドンキーで食事。
この食事も避難生活の長かった身にはこたえられないだろう。
この後のスーパーマーケットでの買い出しにしてもしかり。
多少商品が少ないものもあるが、関東と変わらないごく普通に商品が棚に並んでいる。
おそらく仙台の被害の少ない場所には、商品は意外と豊富にあるのだろう。
関東で一般消費者が多少買い占めした故に、被災地の物資が足りなくなることはあり得ないと思う。
現状は単にガソリン不足と、流通経路の破壊によって、効率よく商品が届けられないに過ぎない。
ガソリンさえあれば、被災者の多くは自分で食料や物資を調達できるのだが。

山形での温泉、食事、買い物で、たまっていたストレスや疲れも、多少なりとも解消できたのではないかと思う。
姪っこ達の笑顔を見ると、本当に来たかいがあったというものだ。
関東では、被災者援助なんて素人が来ても邪魔になるだけでとんでもないという空気があるが、これは絶対間違いである。
確かに修羅場に近い被災地は足手まといになるかもしれないが、それ以上に軽度の被災者は多いのである。
ぜひ親戚や友人知人が被災者にいる場合は、できるだけ援助に来たほうが良いと思う。
ただしガソリンの確保だけは、被災地の負担にならないよう、考慮が必要である。

こんな状況なので、仙台周辺でのガソリン補給はあきらめ、翌日の早朝高速道路のSAで給油することにした。
しかし閉鎖している給油所もあるので、注意が必要。
閉鎖された給油所に焦りながら、ガス欠ギリギリで行きと同じ安達太良SAに到着。
といってもガソリンが入荷するまで、2時間ほど待機。
ハイオクがなかったので、やむ終えずAlfa Romeo 156SWにレギュラーガソリンを20L給油。
でも違和感もなく普通に走る(○゚ε゚○)。
佐野PAでも、ハイオク売り切れでレギュラーを10L給油。
後は普通に走って、午前中に自宅に到着しました。

この時期仙台に行くってどうよ?と思ったのですが、本当に行って良かったです。
行くか迷っている方には、ぜひ行かれることをお勧めします。

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2011年3月26日 (土)

今私にできること1(東日本大震災)

木曜日に東北自動車道が全線開通して、一般車も通れるとのニュースがあった。
弟の家族が、仙台の近く七ヶ浜町で被災しているので、行ってあげたいのだが、ガソリンが手に入らないのでは、いかんともしがたい。
と悩んで金曜日に会社に向かっていると、馴染みのガソリンスタンドから、ガソリン入荷満タン給油可能とのメールがあった。
これは天の声か?と急遽引き返して、ガソリンスタンドに並び30分待ちで給油完了。
不足物資と思われる物を買い出しして、土曜日の朝4時、仙台に向けて出発。
一般車両通行可、一般市民の救援車で渋滞覚悟で早朝出発したが、東北道は非常にスムーズというか、明らかに車が少ない。
これは、ガソリン確保が難しいからなのだろう、栃木のSAガソリンスタンドから、長蛇の列が目立ち始めた。
結局安達太良SAで早めの給油。結局2時間待ちで、一律2000円分12.5Lの給油。
これで何とか活動用のガソリン確保、少し余裕ができた。
この後国見のSAではGS閉鎖中、菅生PAでは果てしなく長い長蛇の列でとても入れられそうもない。
ところどころ、道路の補修個所があり車がバウンドしそうになるが、給油待ち以外の時間ロスもなく、順調に仙台南JCTへ到達。
ここまでは、たいした震災の被害も目立たなくて、さしていつもの風景と変わらない。
ここから震災の核心部、仙台東部有料道路へと向かう。
この道は今回津波の防波堤の役目をして、生死の明暗を分けた道だ。
仙台若林JCTを大きく左にカーブすると、そこにはTVや新聞で見た壮絶な風景が広がっていた。
地図から想像した通り道路の東側は、避難できる丘も、高い建物もなく、津波に襲われた無残ながれきの集落が広がっていた。
こんな場所に30分で津波が到達したら、避難不可能なすすべはない。
心で合掌しながら、冠水後急遽復旧させた道を北上する。
仙台東ICから先は通行止めで、有料道路下の道を走り北上後仙塩街道に合流。
この道脇には、イオンやヤマダ電気などの大型店が並ぶが、軒並み津波でひどい状態。
道の両脇には、通常では考えられないほど破壊された大量の車が放置されていた。
信号も破壊されているので、慎重にゆっくり車を進める。
少し丘陵になっている住宅地を通過するが、そこはいつもの生活があるようで、とても不思議な感じ。
ただいつもより自転車が多めで、ときおり開いているお店の長い行列が、非日常を感じる。
そうこうしているうちに、七ヶ浜町の弟の家に到着した。

弟の家は、幸いからくもほんの数十メートルで津波の被害を免れ、若干壁等にひび割れが生じたが、生活に支障はない。
ただし電気は使えるが、水道が使えないので、水なし生活を強いられている。
当然地震以来風呂なしの生活で、2週間以上耐えている。
家に着いたら、買い出しした食糧等の差し入れを車から降ろす。
昨日、静岡の従兄も差し入れの食糧等を置いて行って、久々豊かな食料がとてもありがたいとのこと。
特に姪っ子たちは、パンがとてもうれしかったらしい。
普通に売られている菓子パンや調理パンなんだけど、本当に満足な食料が無いんだと痛感。
町内にあったチェーン系列の食料品店は、ほとんど閉鎖し、個人経営の店が数件営業しているようだが、満足な品ぞろえは期待できるはずもない。
毎日配給はあるが、パン1つにカップラーメン数個、500mlペットボトル2本と到底家族4人が暮らしていける量ではない。
援助物資やTVなどのメディアは、たかだか?200人が亡くなった被災地はす通りで、もっと被害がひどい地域に流れてしまい、この地域は皆に忘れられていると、弟夫婦ははぼやいていた。
実は弟の家に到着したとき、弟と長女は町で破壊されなかった唯一のガソリンスタンドに、給油しに行っていた。
2時間後にやっと帰宅、6時間かかって15Lの給油に成功。給油できたのは本当にラッキーで、10台後ろはガソリン切れで、給油できなかったようだ。
それならそうと、もっと早く言えと当然のお怒り\(*`∧´)/。
弟の嫁は3時間待ちのはて、2度の給油に失敗している。
これではストレスたまるし、何より無駄な時間や体力が余計疲労させる。

そんな苦しい生活ながらも、弟家族は元気に笑顔で暮らしているのが救いだった。
私の住んでいる関東では、そんな不謹慎なと思われている、お笑い番組やバラエティが、ここで暮らしている人々にとって、貴重な励ましやエネルギーになっている。
命や家を流された人たちは気の毒だが、それ以外の人達も生活があり、いつまでも気落ちしてはいられない。
それにメディアで伝えられているほど、仙台近郊は壊滅的な状況ではない。
というか、メディアはことさら不安をあおりたてるショッキングな映像ばかりを流しているのが実情だ。

この夜は、久々会った弟家族とお酒を飲んで食べて、大いに語って、笑い転げた。
大きな災害の後なのに、なぜかとても幸せな夜でした。
明日は姪っこ達の待望の温泉に行こう!

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街で見かけたトルコの救助隊。本当にありがとうございます。
街で見かける自衛隊の車両も頼もしげに見えます。頑張れ~。

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弟の家の近所からの津波あとの眺め。
ここで亡くなられた方も随分いたようです。

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七ヶ浜の被災マップ。
赤い四角が弟の家で、斜線が津波被害にあった場所、危機一髪。
小学校の校庭で津波にあった被災地もありましたが、ここでは学校に居てくれたことが幸いしました。

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