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2011年5月 1日 (日)

宮城県七ヶ浜あたり

弟に少し用事があったので、GWを利用して宮城県七ヶ浜にある弟宅を訪問。
でもせっかくなので、家を訪問する前に、ミニベロであたりをぐるっと一回り。

まずは歴史の教科書にも良く出てくる、多賀城あたりを出発。
このあたりは、穏やかに起伏する丘陵地帯で、春の里山風景が広がるのどかなところ。
自転車で走ると、とても気持ちがいい。

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そこから、仙台塩釜港がある海岸線へと向かう。
この辺は全然地震の被害らしきものは見られないのだが、市民公園に突如現れる大量のがれきの山が、被災地域であることを物語っている。

砂押川を渡り、ジャスコやソニー仙台テクノロジーセンターのあたりに来ると、風景は一変する。
3月末に来た時R45沿いにあった大量のがれきや、破壊された自動車は撤去されたが、道以外の壊れた商店や事務所には、いまだ手つかずのがれきや車が散乱していた。
乾燥したヘドロで、あたりはほこりっぽく、どぶ臭い。
震災以降、この辺りは多くの泥棒が入り込み、商品や金品をあさっているとのこと。
銀行に勤めている弟の嫁さんによると、怪しげな人たちがぐちゃぐちゃになった大量のお札を両替しに来るとか。
最初のころは被災者と思って、両替に応じていたが、今は身元不明な人には応じていない。
正直、そんないい人たちばかりではないってことで、暴動や略奪に発展しないだけましだということか。

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七ヶ浜町に入り、菖蒲田浜に入ると、愕然とする風景が広がっていた。
七ヶ浜は、20-40m程度の丘陵地帯が宅地となっているので、海抜の高い地域はまったく被害が無いように見えるが、海沿いの低い地帯は壊滅的。
3週間前に行った岩沼市や亘理町は、横の移動で数百メートルの差で被害が全然違っていたが、こちらは本当に数メートルの差で、運命を分けている。
被害のない高級住宅街のすぐ下は、壊滅的な被害という、なんとも不思議な光景がいたるところに広がっていた。

当初は半島をぐるっと回るつもりだったけど、被災の状況から気持ちが萎え、松島湾が見える北側を経由して、自転車で引き返した。

自転車のあと、弟宅を訪問して、一夜を過ごした。
地震の事や最近の生活の事など、とりとめない話を、お酒を飲みながらした翌日は、弟の案内で七ヶ浜長をぐるっと一回り。
さすがに地元民、被災の様子や避難生活などを解説しながら案内してもらった。

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町内最高峰の多聞山からの眺めは美しく、あたりは里山ののどかな風景が広がっている。
しかし、その山を下り、花渕浜に行くと、漁船が民家に乗り上げている。
この辺の被害も本当にひどい。

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避難場所での生活はかなり向上したとのことですが、被災地はほとんど手つかずで、復興までの道のりは遠い。
これを見ると、正直できることは多くはないが、美しい七ヶ浜町、ぜひ復興して美しいもとの町に戻ってほしいと願わずにはいられない。

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まだ自衛隊による被災者の捜索は続いており、行方不明者も10人以上いるようです。
隊員の皆さま、ご苦労様です。

一時期(今でも)ポポポポーンという大量に流されるこのCM。
巷ではかなり不評のようですが、弟夫婦の談によると避難所にいたときはかなり癒されたそうです。
避難所でもこのCMのおかげか、知らない者同士お互いに挨拶をしてなごんだとのことでした。
なるほど~とこのCMをかなり見直したのでした。

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