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2011年3月26日 (土)

今私にできること1(東日本大震災)

木曜日に東北自動車道が全線開通して、一般車も通れるとのニュースがあった。
弟の家族が、仙台の近く七ヶ浜町で被災しているので、行ってあげたいのだが、ガソリンが手に入らないのでは、いかんともしがたい。
と悩んで金曜日に会社に向かっていると、馴染みのガソリンスタンドから、ガソリン入荷満タン給油可能とのメールがあった。
これは天の声か?と急遽引き返して、ガソリンスタンドに並び30分待ちで給油完了。
不足物資と思われる物を買い出しして、土曜日の朝4時、仙台に向けて出発。
一般車両通行可、一般市民の救援車で渋滞覚悟で早朝出発したが、東北道は非常にスムーズというか、明らかに車が少ない。
これは、ガソリン確保が難しいからなのだろう、栃木のSAガソリンスタンドから、長蛇の列が目立ち始めた。
結局安達太良SAで早めの給油。結局2時間待ちで、一律2000円分12.5Lの給油。
これで何とか活動用のガソリン確保、少し余裕ができた。
この後国見のSAではGS閉鎖中、菅生PAでは果てしなく長い長蛇の列でとても入れられそうもない。
ところどころ、道路の補修個所があり車がバウンドしそうになるが、給油待ち以外の時間ロスもなく、順調に仙台南JCTへ到達。
ここまでは、たいした震災の被害も目立たなくて、さしていつもの風景と変わらない。
ここから震災の核心部、仙台東部有料道路へと向かう。
この道は今回津波の防波堤の役目をして、生死の明暗を分けた道だ。
仙台若林JCTを大きく左にカーブすると、そこにはTVや新聞で見た壮絶な風景が広がっていた。
地図から想像した通り道路の東側は、避難できる丘も、高い建物もなく、津波に襲われた無残ながれきの集落が広がっていた。
こんな場所に30分で津波が到達したら、避難不可能なすすべはない。
心で合掌しながら、冠水後急遽復旧させた道を北上する。
仙台東ICから先は通行止めで、有料道路下の道を走り北上後仙塩街道に合流。
この道脇には、イオンやヤマダ電気などの大型店が並ぶが、軒並み津波でひどい状態。
道の両脇には、通常では考えられないほど破壊された大量の車が放置されていた。
信号も破壊されているので、慎重にゆっくり車を進める。
少し丘陵になっている住宅地を通過するが、そこはいつもの生活があるようで、とても不思議な感じ。
ただいつもより自転車が多めで、ときおり開いているお店の長い行列が、非日常を感じる。
そうこうしているうちに、七ヶ浜町の弟の家に到着した。

弟の家は、幸いからくもほんの数十メートルで津波の被害を免れ、若干壁等にひび割れが生じたが、生活に支障はない。
ただし電気は使えるが、水道が使えないので、水なし生活を強いられている。
当然地震以来風呂なしの生活で、2週間以上耐えている。
家に着いたら、買い出しした食糧等の差し入れを車から降ろす。
昨日、静岡の従兄も差し入れの食糧等を置いて行って、久々豊かな食料がとてもありがたいとのこと。
特に姪っ子たちは、パンがとてもうれしかったらしい。
普通に売られている菓子パンや調理パンなんだけど、本当に満足な食料が無いんだと痛感。
町内にあったチェーン系列の食料品店は、ほとんど閉鎖し、個人経営の店が数件営業しているようだが、満足な品ぞろえは期待できるはずもない。
毎日配給はあるが、パン1つにカップラーメン数個、500mlペットボトル2本と到底家族4人が暮らしていける量ではない。
援助物資やTVなどのメディアは、たかだか?200人が亡くなった被災地はす通りで、もっと被害がひどい地域に流れてしまい、この地域は皆に忘れられていると、弟夫婦ははぼやいていた。
実は弟の家に到着したとき、弟と長女は町で破壊されなかった唯一のガソリンスタンドに、給油しに行っていた。
2時間後にやっと帰宅、6時間かかって15Lの給油に成功。給油できたのは本当にラッキーで、10台後ろはガソリン切れで、給油できなかったようだ。
それならそうと、もっと早く言えと当然のお怒り\(*`∧´)/。
弟の嫁は3時間待ちのはて、2度の給油に失敗している。
これではストレスたまるし、何より無駄な時間や体力が余計疲労させる。

そんな苦しい生活ながらも、弟家族は元気に笑顔で暮らしているのが救いだった。
私の住んでいる関東では、そんな不謹慎なと思われている、お笑い番組やバラエティが、ここで暮らしている人々にとって、貴重な励ましやエネルギーになっている。
命や家を流された人たちは気の毒だが、それ以外の人達も生活があり、いつまでも気落ちしてはいられない。
それにメディアで伝えられているほど、仙台近郊は壊滅的な状況ではない。
というか、メディアはことさら不安をあおりたてるショッキングな映像ばかりを流しているのが実情だ。

この夜は、久々会った弟家族とお酒を飲んで食べて、大いに語って、笑い転げた。
大きな災害の後なのに、なぜかとても幸せな夜でした。
明日は姪っこ達の待望の温泉に行こう!

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街で見かけたトルコの救助隊。本当にありがとうございます。
街で見かける自衛隊の車両も頼もしげに見えます。頑張れ~。

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弟の家の近所からの津波あとの眺め。
ここで亡くなられた方も随分いたようです。

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七ヶ浜の被災マップ。
赤い四角が弟の家で、斜線が津波被害にあった場所、危機一髪。
小学校の校庭で津波にあった被災地もありましたが、ここでは学校に居てくれたことが幸いしました。

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